ムラウチドットコム社長ブログ - 村内伸弘の社長日記


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北方領土問題とニホロ、納沙布岬

2008年08月17日 22:19 - 村内のぶひろ

標津町・メロディーロードに向かう途中 メロディーロードに向かう途中、草の上でおネンネ
メロディーロードに向かう途中、草の上でおネンネ

メロディーロードに向かう途中 標津町・メロディーロード 試験施工箇所

標津町・メロディーロード 標津町・メロディーロード
標津町・メロディーロード


根室半島に向かう途中、「メロディーロード」に寄りました。
車で走ると音楽が流れるように道路に溝をつけたメロディーロード、
時速60キロで走ると「知床旅情」が流れます。

“メロディーロード”ってなに?


僕は勘違いしてて、40キロで3回走ったんですが
確かに超スローな知床旅情がおぼろげながら聞こえてきました。
60キロで走ってたらどうだったんだろ?
事前の学習(情報)は大切ですw


知床半島から一気に根室半島を目指し車のエンジンをかけた
のぶひろですが、メロディロードを通過して
まずは標津町 「北方領土館」に立ち寄りました。
ここも国後島が目の前(24キロ先)に横たわっていて、
望遠鏡でクナシリが望めました。

北方領土の唄 サンフランシスコ平和条約

標津町・北方領土館から見えた風景 望遠鏡を覗くのぶひろ

望遠鏡に映った国後島の島影
望遠鏡に映った国後島の島影

北方領土 北方領土

標津町・北方領土館 国後島を間近に望むまち
「標津町・北方領土館」

いろいろな展示やパネルがあって、
北方領土問題の基本的な勉強(おさらい)には
もってこいでした。

入口脇には領土返還要求署名コーナーが
ありましたので、当然署名をいたしました。

一日で納沙布岬まで行く予定なので、
北方領土館は30分程度で切り上げ、
また一路根室半島を目指しました。



根室市内に入り、昼飯でエスカロップを食したあと、満を持して、
北方四島交流センター ニ・ホ・ロ」へ入りました。

北方四島交流センター ニ・ホ・ロ 北方四島交流センター ニ・ホ・ロ

ビザなし訪問 結団式 ソ連の侵攻ルート

「ニ・ホ・ロ」の意味は
日本()とロシア()をつなぐ北海道()の
交流拠点施設という意味だそうです。

ちょうど入口に
「ビザなし訪問 結団式様」という看板があって、
実際にビザなし訪問結団式が行われていました。
僕はいやが応にもここが北方領土問題の現場なんだという
緊張感を感じました。


ロシア文化ルームにあったロシア軍将校の帽子を被る僕のぶひろ
ロシア文化ルームにあったロシア軍将校の帽子を被る僕のぶひろ


北方四島交流センター ニ・ホ・ロ」は
北方領土問題についての国内外の世論を盛り上げるための施設ではありますが、
館名の通り、主語がにほんとロシアの“交流”になっていて、
映像や展示はにほん人とロシア人が仲良くしているものがほとんどですし、
日本語、ロシア語、英語それぞれで解説がありました。
館内にいるとロシアや北方四島に住むロシア人のことが
好きになってしまうような雰囲気です ^^

武力的な解決ではなく、日本は政府も国民も平和的な解決を望んでいる
わけですので、日露平和条約と北方領土返還をセットにするためにも
北方領土の不法占拠や戦後のシベリア抑留などからくる憎悪ではなく、
まずは草の根の友好で相互理解を深めていくという
日本の考え方がハッキリとわかります。
(ビザなし交流の発案はロシア側からだったそうです。)


日露戦争や第二次大戦、米ソ冷戦など歴史的に見てもそうですし、
今回のグルジアでの軍事行動なんかを見ても、
ロシアと言う国は元来かなりしたたかで、
領土に対する譲歩は現時点では実質的には何もありませんが、
このような地道な活動は将来かならずや日露両国に
大きなメリットを与えるとは思います。

ただ、法律の時効の考え方と同じですが、
時間が経てば経つほど、様々な事実関係が積み重なり
日本側に北方領土をふるさととする人もいなくなり、
逆に北方領土をふるさととするロシア人が増えていきますので
問題の解決はドンドンと難しくなっていくわけです。
そもそもロシアは北方領土に軍事的、経済的な意味を見出している
わけでもありますのでこの問題はまったく楽観できず、
むしろ悲観的ですらあると考えていたほうが間違いがないと僕は感じました。

一言で言うと、
10年、20年では返還が難しいのではという予感です。
50年、100年単位での話にどうもなっていってしまうのでは?と感じます。


僕は賛成しませんが
戦争で失った領土は戦争で取り返すしかないというのが
国際社会の暗黙のルールといった考え方も現実にはありますので
なかなか北方領土問題の外交交渉での解決は難しそうです。。。


・・・と
せっかく領土問題を現地で学んだとしても
自分自身にはその問題解決のためのアクションがとれませんので
このつたないブログに感じたことをそのまま記して
1人でも多くの人にこの問題の存在を伝えることはもちろん、
アクションができる他の同胞に何とかしてこの現実が伝わればと思っています。

国際問題、政治問題というものは
なかなか理想だけ、民間だけでは解決できないものですので難しいです。
でも、そんなネガティブなこと言ってたって始まらないですし、
北海道には本気になって全身全霊で返還運動に挺身している
方々がたくさんいらっしゃるわけですから
草の根の友好で相互理解を深めていくという
今のやり方がやはりベターなんだと思いますし、
ここにこそ活路を見出せる可能性があるんだと思います!!


「ニ・ホ・ロ」には日本政府の要人もたくさん来ているようで、
小泉さんはじめ要人たちの来館時の写真パネルがありました。


  新世紀
    日ロの英知で
      四島(しま)返還


日ロの国旗 ハチさんゴメン

知床から根室まで一気に走ったので
車の前にハチさんが挟まってしまっていました。
ハチさんゴメンね〜

北海道立 北方四島交流センター ニホロ



北方原生花園にいたお馬さん 北方原生花園にいたお馬さん
北方原生花園にいたお馬さん

納沙布岬近くの風力発電 珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう)から見えた納沙布岬
(右)珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう)から見えた納沙布岬

珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう) 珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう)
納沙布岬近くの珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう)

珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう) 珸瑶瑁漁港(ごようまいぎょこう)



納沙布岬で記念撮影する僕のぶひろ
納沙布岬で記念撮影する僕のぶひろ

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1.1.1951年(昭和26年)、日本は、連合国48カ国とサンフランシスコ1951年(昭和26年)、日本は、連合国48カ国とサンフランシスコ2.2.3.3.4.4.5.5.6.6.このカモメの声が鳴り響くこのカモメの声が鳴り響くそこでアンケートです。そこでアンケートです。ということです。ということです。僕たちの世代ではとんねるずの「人情岬」って曲を僕たちの世代ではとんねるずの「人情岬」って曲を冬(2001年4月)冬(2001年4月)国後島="

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色丹島" ◆北方四島の帰属を巡る歴史

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" ◆北方領土の位置、面積

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" ◆北方領土問題とは?

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